「箱の男」という短い話を作りました。
世界は一つじゃないが、一つになれないのはとても悲しいものだ。
箱の男がいる。
その言葉のとおり、箱のように角張った顔をして折り紙を折ったみたいに鼻筋がシュッと伸びている
彼はいつも肩の部分が角ばった背広を着ていて、曲がり道もキュッと直角に曲がるほど徹底して箱なのだ
箱の男は極めて限定的な考え方をする。
ルールと秩序を重んじる箱の男にとって、箱の男の美学は ”規則こそが全てであり、混沌から身を守る唯一の方法”だ。
彼は今日も、四角い朝を迎える。
風の女がいる。
顔はまるく、線はゆるやかで、笑えばその輪郭ごと揺れ、
いつも風に遊ばれているため、時折スカートの中からパンティを覗かせてしまう。
どこから来てどこへ行くか誰にもわからない。
曲がり角ではよく転び、思いつきで知らない町へ行っていた。
ルールには笑って手を振る彼女にとって、
自由は空気のようなもの。
ときどき孤独を感じるけど、それすらも「いい感じ」と。
彼女は今日も、決まりのないリズムでまばたきをする。
箱の男は、いつものように直角に曲がったとき、風の女にぶつかった。
彼は「申し訳ございません」と言い、彼女は「今日はいい風ね」と笑った。
何もかもが違った。
彼の予定帳には、彼女の行き先をかきこみたくても書き込めなかった。
彼女の笑い声は、彼のルールを狂わせた。
それでも二人は、何度も会った。
コーヒーを飲み、沈黙を分け合い、
たまにキスをした。
ある風の強い日、風の女は洗濯物を干していた。彼女のパンティが一枚、
風に乗ってベランダの手すりを越えて、空へと舞い上がっていった。
それを見た箱の男は、すぐさま階下に向かい、きちんと謝罪と回収を試みた。
彼女が「風が持っていったのよ、きっと誰かに必要だったんだわ」と笑ったとき、
その笑顔は美しかったが、彼にはそれが”無責任”に映った。
風の女はある日、冷蔵庫の中に「月光浴中」とメモを貼ったヨーグルトを入れていた。
箱の男は、それを見て困惑した。冷蔵庫には物の名前、消費期限、
並び順が書かれた表が貼ってあり、「月光浴中」はそのどこにも該当しなかった。
彼は真剣に悩み、ヨーグルトをそっと冷凍庫に移した。
その夜、箱の男の予定帳には「月光浴ヨーグルト問題」と小さく記されていた。
風の女は、少し笑ってこう言った。
「あの冷蔵庫じゃ、愛は傷むわね」
そう言い残して、彼女は風のように出ていった。
箱の男は、真四角な枕で涙を流した。
涙は直角に落ちなかった。
風の女は、知らない町の知らないベンチでパンをちぎっていた。
右のポケットには昨日拾った石、左には使わなかった切符。
誰かの不在は、風のすきまみたいに静かだったけど、
悲しいというより「まぁ、そんな日もあるか」と呟いた。
箱の男は、いつもの道をいつもの時間に歩いていた。
曲がり角ではきちんと直角に曲がる。
予定帳の空白は、黒のインクで丁寧に塗りつぶされた。
窓を開けると少し風が吹いた。
彼は少しだけ、そのまま閉めなかった。
少しだけ。
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